1.複合ニーズに対応できるケアミックス病院が地域の要に前回のレポート「医育と広域診療の視点が地域を守る~医療機関機能報告制度を深読みする~」では、主に急性期を中心とした地域の医療ニーズに対応するための「治す医療」と「集約化」について解説しました。しかし、急速に進む高齢化により、複数の慢性疾患や嚥下機能障害を併存し複雑な医療ニーズを抱える高齢患者が増加しています。こうした患者への対応は、「治し、支える医療」の観点から、急性期患者の出口戦略を検討するうえで重要なテーマとなります。本レポートでは、高齢者救急・地域急性期機能などに求められる「均てん化」の必要性を踏まえ、なぜ日本経営がケアミックス病院の重要性は今後さらに高まると考えているのか、その背景を解説します。また、この課題解決の一助として弊社が提唱するケアミックス病院の「マルチコネクト機能」という考え方についても紹介します。2.高齢患者の複合的なニーズが「出口戦略」を難しくする一度入院した高齢患者が自宅や介護施設に円滑に退院するためには、急性期の「出口戦略」として、単に早期退院を目指すだけでは不十分です。高齢患者が急性期病院からスムーズに退院できない背景には、複合的な要因が存在します。特に重要なのが、食事が継続してとれるかどうか、つまり栄養摂取の方法です。患者の栄養摂取の形態によって、受け入れ可能な医療機関や診療報酬上の入院料区分が大きく変わるため、これが転院・退院調整の障壁となります。入院した高齢患者の「出口」は、その複合的なニーズがあるために一筋縄ではいきません。具体的には、以下のようなケースが挙げられます。●中心静脈栄養(CV)管理が必要な場合中長期的に経口摂取が見込めず、CV管理が必要となる患者は、療養病棟入院基本料の施設基準となる医療区分に該当するため、療養病棟や特殊疾患病棟が主な受け皿となり、比較的移行先が見つかりやすい傾向にあります。●嚥下リハビリが必要な場合(例:肺炎後)嚥下能力が低下しているものの、専門的なリハビリテーションにより、短期~中期的に経口摂取が可能になる見込みがある患者は、積極的なリハビリテーション介入により経口摂取への移行が期待できるため、回復期リハビリテーション病棟や地域包括ケア病棟が主な受け皿となります。●経管栄養のみの場合経管栄養に依存し、経口摂取への移行が見込めない状態の患者は、療養病棟への入院に必要な医療区分を満たさず、他の入院料区分の施設基準にも該当しにくいのが実情です。そのため、一般病棟での長期療養も難しく、介護老人保健施設などへの退院が促されますが、「医療と介護の狭間」で適切な療養の場を見つけるのに難渋するケースも少なくありません。●長期の末梢点滴のみの場合末梢点滴のみで水分・栄養を補給しており、経口摂取への移行が見込めない状態の患者は、実質的に看取りに近い状況であることが多く、適切な医療・介護サービスを提供できる退院先を見つけるのは困難です。このように、摂食嚥下機能の低下を抱える方々を地域につなぐことは喫緊の課題です。経口摂取の可否は療養生活を大きく左右し、急性期病院の出口戦略における重大なボトルネックとなります。その結果、退院困難な患者が急性期病院に滞留し、救急医療の提供力が低下、地域全体の医療資源の効率も損なわれるという連鎖的な問題を引き起こしています。3.機能分化の落とし穴療養病棟や回復期リハビリテーション病棟など専門病院の増加は、専門性の高い医療を提供するうえで一定の意義があります。しかし、過度な専門分化が進むと、急性期病院は限られた治療期間内に患者の将来的な栄養状態を見極め、適切な専門病院へ振り分けるという困難な課題に直面します。結果として、退院困難な患者が急性期病院に滞留し、出口戦略が行き詰まることで、救急・高度急性期医療など本来の役割に支障をきたし、地域医療全体の生産性が低下するという悪循環に陥りかねません。4.多機能拠点としてのケアミックス病院が医療提供体制を支える高齢者の急性期医療を担う病院には、複合的なニーズに対応できる力が求められます。この複雑化する高齢者の医療ニーズを包括的に受け入れられる医療機関こそが、一般病床と療養型病床または精神病床の混合型病院である「ケアミックス病院」です。急性期一般入院料を算定する病棟に加え、療養病棟、地域包括ケア病棟といった複数の病棟機能を持ち、さらに「高齢者救急・地域急性期機能」や「在宅医療等連携機能」を充実させたうえで、地域に一定数「均てん化」して存在することで前述のような課題を解決することができます。ケアミックス病院は、急性期から在宅、あるいは施設へと、患者の状態に応じた適切な療養の流れを調整し、スムーズな移行を支える重要な役割を担い、地域の医療提供体制を下支えします。「急性期拠点機能」や「医育・広域診療機能」は「集約化」を進めることで、その機能を高め、医療の質の向上と効率化を図ることが重要視されます。一方で、「高齢者救急・地域急性期機能」や「在宅医療等連携機能」は、むしろケアミックス病院がその多機能性を活かし、複合的なニーズへの対応から在宅復帰支援までを切れ目なく提供できる多機能拠点としての役割を果たすことが、医療提供体制の安定と維持に必要不可欠であると考えています。5.回復期リハビリテーション病棟は「集約化」が求められるすべての医療機能が地域に「均てん化」されるべきというわけではありません。その一つが回復期リハビリテーション病棟です。回復期リハビリテーション病棟では、質の高いリハビリテーションを提供するために、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士など多くのリハビリテーション専門職を確保・配置する必要があります。もし地域内に回復期リハビリ施設が小規模に乱立すれば、専門職の確保競争が激化し、結果として各施設でのリハビリテーションの質が低下するといった弊害が生じかねません。このように、すべての機能を地域に均等に分散させれば良いという単純な話ではなく、重要なのは地域の実情と各医療機能の特性に応じて「集約化」と「均てん化」を戦略的に使い分ける視点であり、これこそが地域医療の持続可能性を高める鍵となります。6.日本経営が考えるケアミックス病院の役割と「マルチコネクト機能」ケアミックス病院は、急性期一般入院料、療養病棟、地域包括ケア病棟といった複数の機能を柔軟に組み合わせ、在宅医療と連携することで地域の高齢者の「出口問題」を支える重要なハブとなります。日本経営では、このケアミックス病院が持つ多機能性と、それによって実現される地域医療への貢献を指して、「マルチコネクト機能」と呼んでいます。この複合的なニーズを抱えた患者を「マルチにつなぐ」病院の役割は、患者・家族・地域に極めて重要であり、「治す医療」と「治し、支える医療」の両方が機能することで、持続可能な地域医療の維持に貢献すると私たちは考えます。