新たな地域医療構想では都道府県担当者が推進役に! ~「強み」を活かしたステークホルダーの調整~
2025/11/7
これまで地域医療構想は、2025年に向けて厚生労働省が示す「必要病床数」に基づき、構想区域ごとに再編や統合が議論されてきました。現在は、2040年を見据えた新たな地域医療構想が動き出しています。
一方で、議論は「総論賛成・各論反対」の壁に阻まれ、前進が難しい状況が続いています。データに基づいた正論が提示されても、現場では利害が対立し、議論が進展しにくいのが実情です。
本稿では、都道府県の政策担当者をはじめ、病院経営者、金融機関、大学医局、地域住民、行政など、すべての関係者の皆様に向けて、再編が進まない要因と複雑な利害関係者の構造を解説し、再編を前に進めるための具体的な方策を提示します。
■地域のグランドデザインに合わせた合意形成の重要性
地域医療構想に係る調整において、「データだけでは動かない」という現実に対し、厚生労働省は単なる必要病床数の提示だけでなく、「合意形成のプロセス」そのものを重視するようになりました。
具体的には、厚生労働省は地域のグランドデザインに合わせた検討、すなわち「複数案(シナリオ)の設定」と「比較評価」を求めています。単一の正解を示すのではなく、現状維持、連携、機能分化、統合といった複数の選択肢を、多角的な視点から比較するプロセスが重視されています。
ここで求められるのは、医療の需要や供給、アクセスといった医療的側面だけではありません。病院経営、医師・医療従事者の確保、インフラ・BCP、そして行政の財政負担といった、医療“以外”の論点を含む多角的な評価です。
当然、これだけ多岐にわたる観点からは、関係者ごとに様々な意見が出てきます。ここで重要になるのが、データ分析の先にある「合意形成」のプロセスです。分析結果を提示するだけでなく、いかにして関係者の納得感を醸成し、実行可能な選択肢へと導くか。
かつては、必要病床数と実際の病床数の差を埋める作業が、地域医療構想調整会議にいわば「丸投げ」されている状態も散見されました。しかし、2040年に向けて新たな地域医療構想を実行する段階に入った今、これまでの進め方では限界があることが明らかになっています。

出典:厚生労働省第3回地域医療構想及び医療計画等に関する検討会資料1「新たな地域医療構想策定ガイドラインについて(区域・医療機関機能、医療と介護の連携、構想策定のあり方)」
■都道府県担当者が抱える「見えない重圧」と「微妙な立場」
ここでは、地域医療構想の中核を担う都道府県の医療政策担当者が置かれている現状を整理します。
多くの担当者は数年ごとのローテーションで配属され、直前までは土木、総務、財務など全く別分野を担当しています。それが突然、膨大な専門用語と複雑な制度が入り組む医療政策の現場へ。医師会や大学病院との独特の関係性に向き合いながら、「計画行政」として医療計画や地域医療構想の策定・進捗管理に追われる毎日が始まります。これが大きな負荷の一つです。
さらに、都道府県は国と市町村の「狭間」に立つ調整役であり、多くは財政的な自由度も限られます。そのため担当者は「自ら事業を動かす当事者」としての実感を持ちにくく、国と現場との板挟みになりやすい。これこそが、医療政策を担う担当者が抱える見えない重圧です。
■再編を阻む「本当の壁」、それは医療“以外”に潜む課題
都道府県がデータに基づき提案を行っても、病院側が容易に動き出せないのは、再編を阻む障壁が医療機能の議論とは別の場所にあるからです。病院経営者は、表からは見えにくい「財務」「人材」「地域」といった医療以外の現実的な課題に直面しており、データによる正論だけでは解決できない具体的な対応策なしには、現場は動けません。
①財務の課題:借入金という重い制約
多くの病院には、建設費等に係る多額の借入金が残っています。その返済計画は急性期としての収益水準を前提に組まれており、機能転換に伴う収入減は、返済継続に大きな影響を及ぼします。
これは、高い収益を前提に融資を受けた企業が、市場変化により低収益事業への転換を迫られるのと同じ状況です。
収入減の中で返済が維持できるのか。金融機関に理解を得られるのか。再編後に経営が安定する確かな見通しがなければ、前向きな判断は困難です。
②人材の課題:雇用や医師派遣の不確実性
機能が変われば、必要とされる職員数や役割も変わります。「既存職員の雇用や待遇を守れるのか」、公的病院であれば労働組合との調整も不可欠です。
また、医師の確保も重大な課題です。「再編後の新体制に対し、派遣元の大学医局は医師を安定的に派遣してくれるのか」。大学医局にとっても、病院機能の変更は医局全体の配置計画に影響を及ぼすため、従来どおり医師派遣が続くとは限りません。
人材に関する見通しが立たない状態で、機能転換の判断を下すことは困難です。
③地域の課題:住民理解とアクセス確保
病院は地域インフラの核であり、統合や移転、機能転換は住民の生活に直結します。「救急対応が弱くなるのでは」「通院が不便になるのでは」。こうした不安にどう丁寧に説明し、納得を得ていくのか。議会が住民意見を背景に反対へ傾けば、計画そのものが止まることさえあります。
■調整の難所は「ステークホルダー」の多さ
再編への取り組みにおける最大のボトルネックは、ステークホルダーの多さとそれに伴う調整の複雑さです。病院の再編は当事者病院だけでなく、行政内部、大学医局、住民、金融機関など多層的な関係者が存在し、そのいずれかの理解が得られなければ計画が停滞します。ここでは、調整が必要となる主な関係者を整理します。

出典:厚生労働省令和3年度医療政策研修会「地域医療構想における都道府県御担当者の進め方」
(1)行政(都道府県庁内)
行政において、中心となるのは保健福祉部局です。医療計画上の位置づけ(許可病床・基準病床数)との整合性を確認し、地域医療構想調整会議を運営します。財政当局は、地域医療介護総合確保基金など補助制度の活用可否や予算措置を判断します。また、市町村課は公立病院の既存債務処理や資産の取り扱いを所管し、必要に応じて総務省との協議が生じます。消防は救急体制の再編で欠かせないパートナーであり、搬送体制に不安が残ると再編は前に進みません。

出典:厚生労働省令和3年度医療政策研修会「地域医療構想における都道府県御担当者の進め方」
(2)当事者(再編する側の病院・自治体)
「再編する病院を有する自治体」では、首長・議会が、病院事業債務の処理や再編後の運営負担について熟考します。また、首長や議会は「市民の便益と安心感」と「再編・病院経営に対するコスト」のバランスを最終的に判断する立場です。
「再編する公的病院」では公的本部・院長・職員が体制再設計、労使調整、配置転換や処遇の見通しについて議論します。独立採算制を採用している法人が多く、再編後も事業継続できる確かな計画が求められるため、法人内合意をまとめるだけでも相応の時間が必要になります。

出典:厚生労働省令和3年度医療政策研修会「地域医療構想における都道府県御担当者の進め方」
(3)医療機関(影響を受ける側)
近隣医療機関にとっては、紹介・逆紹介の動線や登録医との関係が変わります。地元医師会などの団体は、地域医療全体の診療バランスに関心が強く、計画の実効性に直接影響します。大学医局は医師派遣を担う立場であり、キャリアパスや関連病院全体の人事戦略に影響するため、企画初期段階からの意見交換が欠かせません。
(4)市民・メディア・経済団体
統合や移転、機能縮小は住民の医療アクセスや安心感に直結します。正確な情報が届かないと不安が膨らみ、議会が反発するなど、計画停止の要因になり得ます。住民説明会や地元の医師会・歯科医師会・薬剤師会、民生委員や商工会議所などへの丁寧な説明が求められます。
(5)地元金融機関・公的貸付機関
既存債務の返済計画(リスケジュールを含む)と、新たな投融資をどう位置づけるかは再編の根幹に関わります。財務的な裏付けが確保されない限り、病院側が再編の意思決定に踏み切ることはできません。
(6)地域の合意形成の場・外部支援
地域医療構想調整会議は、再編の方向性に関する正式な合意の場です。各ステークホルダーの納得感を事前に醸成することが欠かせません。さらに必要に応じ、「地域医療構想アドバイザー」など中立的な第三者が技術的助言を行い、論点の整理と計画の具体化を支援します。

出典:厚生労働省令和3年度医療政策研修会「地域医療構想における都道府県御担当者の進め方」
■なぜ都道府県担当者が「中心的な調整役」なのか
では、これほど多岐にわたるステークホルダーの利害は、一体誰が調整するのでしょうか。
病院や国は、その役割を担うには最適な立場とは言えません。病院は、自院の財務や雇用を守る必要があるため中立性を保つのが難しく、一方の国は、制度の大枠は定めても地域ごとの具体的な利害調整までは踏み込めないからです。
そこで、全体最適の視点から調整役を担いうる主体として浮かび上がるのが、都道府県の医療政策担当者です。なぜなら、都道府県だけが持つ特有の以下のような「強み」があるからです。
(1)公平性・中立性
特定の病院の利害ではなく、「公共の視点」から構想区域や県域全体の最適解を追求できる唯一の公的な立場です。
(2)制度的な関与
医療法上の許認可権を持つ知事のもとで、制度的な裏付けを持って再編に関与できます。
(3)財源活用の調整機能
地域医療介護総合確保基金など、再編の最大の壁である「カネ」の問題に対し、財政支援を引き出す調整(庁内の財政当局との折衝)が可能です。
(4)全方位の「ハブ機能」
最も重要なのが、「ハブ機能」です。庁内各課、大学医局、医師会、市町村、金融機関、議会、住民…この迷路のようなステークホルダーすべてと公式に対話し、合意形成を主導できる唯一の「ハブ」としての立場です。
国と現場の間で「板挟み」になりがちな都道府県の立場は、医療再編という文脈では、むしろすべての関係者を束ねる「中心的な調整役」へと変わります。中立性、制度的権限、財政調整力、そして多方面と連携できるハブ機能。これらを兼ね備えているのは、都道府県だけです。
■最後に:実行段階に必要な姿勢
地域医療構想は、分析から実行へと新たな局面に入っています。必要なのは、正しい分析や理念と、「実行力」です。
実現のためには、本稿で見てきた「本当の壁」(財務、人材、地域)に向き合い、当事者だけでは突破困難なステークホルダー間の合意形成を設計することが不可欠です。地域全体を動かす「ハブ」として、その中心的な役割を担えるのは都道府県の担当者をおいて他にありません。担当者が自らの役割を「調整会議の運営役」から「再編の推進役」へと転換できるかどうかが、構想の行方を左右します。
同時に、病院側にも意識の転換が求められます。再編を進めたいのであれば、財務や人材の課題を自院だけで抱え込むのではなく、「都道府県に相談すべき」です。病院が直面する課題の多くは、都道府県の調整機能(財政支援、大学との折衝、金融機関との連携等)と組み合わさることで、初めて解決の道筋が見えてきます。
地域の将来の医療を決めるという重い役割ですが、だからこそ都道府県担当者にしか成し得ない仕事があります。政策と現場をつなぎ、地域を守る医療の形を実現するために、合意形成の設計と実務を担うこと。その重要性は今後ますます高まっていくと考えられます。
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新たな地域医療構想では都道府県担当者が推進役に! ~「強み」を活かしたステークホルダーの調整~
自治体病院の再編統合・経営形態の見直し、地域医療構想推進支援、経営戦略の策定・改定、公立病院の経営改善支援 ほか総務省経営・財務マネジメント強化事業アドバイザー
川端康正
令和2年から3年にかけて厚生労働省医政局地域医療計画課へ出向。病院、病院事業局、市町村、県、国といった幅広いレイヤーでの支援実績・業務経験を有しており、その他公的本部や病院グループの本部への経営改善支援など、複雑な利害関係者を有する病院や複数病院を有する団体に対する支援を得意とする。病院の経営改善、経営計画の策定のほか、地域医療(構想)などをテーマにした医療機関の再編統合や機能強化、設置主体における負担金の協議などに従事した経験に基づき、経営改善に関する分析ならびに助言、計画の策定支援を行う。お電話でのお問い合わせ
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