本質的な課題は人口動態の変化に伴う医療需要の変化と供給体制の維持現行の地域医療構想においては、医療需要の増加が見込まれてきました。実際に高齢者人口は増加し、軽症・中等症の救急患者は増加する一方で、全体として入院医療の需要は低下し、各地域で人材確保が大きな課題となっています。これまで、急性期から回復期への病床転換が推進されてきましたが、 2025年の目標値には到達できていません。 今後は 新たな地域医療構想へと引き継がれますが、本質的な課題が変わるわけではありません。本コラムでは、これらの課題を整理し、解決に向けた方向性について確認していきます。生産年齢人口の減少と人材確保国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2020年から2040年にかけて、生産年齢人口は1,295万人 減少するとされています。このため、日本全体で深刻な労働力不足に陥ることが懸念されています。当然ながら、労働集約型の事業である医療は、この人口動態変化の影響を強く受けると予測されており、医療提供体制の供給力の低下が懸念されています。さらに、令和4年版厚生労働白書によれば、医療・福祉職種に従事する人口は2025年時点で約940万人(総就業者数の14~15%程度)、高齢化が進み、医療・介護の需要が進む2040年には約1,070万人 (総就業者数の18~20%程度)が従事する必要があるとされています。今後、市場全体で医療従事者の減少が不可避であり、需要と供給のギャップをどのように埋めるかが重要な課題となります。出典:厚生労働省 「第1回新たな地域医療構想等に関する検討会【資料2 新たな地域医療構想に関する検討の進め方について P114】」医療・介護分野の就業者割合の増加職業選択の自由の観点から、 国策として医療・介護分野の就業者の割合を現在の約14~15%から 15年で4~5%引き上げることは、現実的には困難です。医療・福祉の単位時間当たりのサービス提供を 5~7%以上改善することで、現在と同程度の就業者数でその提供体制を維持できる試算も あります。また、 医療・福祉業界の生産性をより向上させるために、 タスクシフト・タスクシェアや医療DXの推進も図られてはいますが、特定行為研修を修了した看護師の人数は当初の目標である10万人に対して2025年時点で約1万人、医療DXにおいても電子処方箋の普及 は政府の工程表よりも遅れが出始めているなど、生産性向上に向けた改革は捗々しくないのが現状です。医療提供体制を維持するために、 地域医療構想や医療計画では、医師の育成だけではなく、 適正な配置についても議論されています。 医療福祉サービスに従事する人口の割合は、都道県によって約12~18%と大きく差があり、今後はさらに地域のより具体的な医療需要に合わせて、 医療従事者の適正な配置についてより深く検討する必要があります。出所:総務省「令和2 年国勢調査「就業状態等基本集計」より作成(表示は就業者中主に仕事に従事しているものの産業別割合)入院医療はすでに減少局面にある過去20年間にわたり、入院患者数の減少が継続しており、一般病院における病床利用率も低下傾向が続いています。この背景には、予防医療の推進や在宅医療への円滑な移行、国民の健康意識の向上といった受療行動の変化が大きく影響していると考えられます。こうした変化は、特に急性期医療において顕著であり、多くの急性期医療機関では、病床稼働率の低下に伴う収益性の悪化が報告されています。さらに、人件費の上昇や光熱費・物価の高騰といったコスト増加も重なり、病院経営にとって深刻な課題となっています。加えて、新型コロナウイルス感染症の影響も看過できません。コロナ禍以前は増加傾向にあったDPC症例数は、感染拡大を契機に大幅に減少し、その後も減少傾向が続いています。さらに、診療報酬改定による平均在院日数の短縮要請もあり、延べ入院患者数のさらなる減少を招いています。出所:厚生労働省「病院報告」「患者調査」より弊社作成増加し続ける救急患者数と病院収容所要時間手術患者や急性期の入院患者数が減少する一方で、救急搬送される患者数は 増加の一途を辿っています。コロナ禍で一時的に減少したものの、救急搬送患者数は毎年右肩上がりとなっており、これは特に軽症・中等症の高齢患者数の増加が主な要因であると考えられます。出典:総務省「救急業務のあり方に関する検討会【参考資料4 令和5年版 救急・救助の現況P25】」さらに、救急車の現場到着から病院収容までの時間が延びていることも指摘されています。病院収容所要時間は、平成14年時点で28.8分から徐々に延長し、コロナ禍前で概ね40分弱で横ばいとなっていましたが、コロナ禍以降は急速に延長し、令和4年時点では47.2分となっています。この要因の一つとして、コロナ禍以降、発熱患者のトリアージや外来対応、入院病床の確保など、個別対応の必要性が高まっていることが挙げられます。つまり、急性期病院はいま、増加する救急患者数と減少する入院患者数というパラドックスを抱えています。特に、手間のかかる救急患者の外来対応が、病院の主要な収益源である入院に結びつかないという課題に直面しています。出典:総務省「救急業務のあり方に関する検討会【参考資料4 令和5年版 救急・救助の現況P47】」急性期病院の対応と持続可能な救急医療体制の構築のためにこのような状況の中で、急性期病院が持続的に医療を提供し続けるためには、救急医療体制の強化が不可欠です。特に、地域の中核となる病院は、中等症以上の救急患者の受け入れを強化し、救急医療の集約化を進めることが求められます。これにより、限られた医療資源を適切に活用し、重症患者への対応力を高めることが可能となります。一方で、軽症救急患者や高齢者救急への対応も重要な課題です。地域密着型の救急告示医療機関が軽症患者の受け入れを積極的に担うことで、中核病院の負担軽減につながり、医療の均てん化が推進されます。さらに、市民への救急車の適正利用に関する啓発活動や、選定療養費の導入などを検討し、医療資源の適切な配分を進めることも重要です。こうした取り組みを通じて、地域全体でバランスの取れた救急医療体制を構築し、持続可能な医療提供を実現していく必要があります。病院統合の流れは今後も続く右肩上がりで増加する救急患者の搬送時間と患者数に対応するためには、搬送時間の短縮を図るとともに、中等症以上の患者を受け入れる病院の人的リソースを考慮した集約化と、増加し続ける軽症・中等症の高齢患者を受け入れる医療機関の均てん化を同時に進めることが求められます。また、各医療機関においては、入院患者数や病床数、救急患者の受け入れ規模に応じた人材の確保と適切な配置が必要です。しかし、救急対応力の強化と、病床数のダウンサイジングに伴う職員数の合理化は、相反する課題といえます。一つの病院で 見ると矛盾しているように思えるかもしれませんが、規模の縮小が求められる二つの病院を統合するという視点で考えれば、相互にリソースを再配分することが可能となり、より合理的な運営が促進されるでしょう。<参考資料>国立社会保障・人口問題研究所「出生中位(死亡中位)推計【表1-1 総数,年齢3区分(0~14歳,15~64歳,65歳以上)別総人口及び年齢構造係数:出生中位(死亡中位)推計】」https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/dbzenkoku2023/dbr5suikeikekka1.html厚生労働省『令和4年版 厚生労働白書 社会保障を支える人材の確保』(2022年)、第1部 第1章 第1節「人口構造の変化と社会保障の支え手」p.4https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/21/dl/1-01.pdf厚生労働省 「第1回新たな地域医療構想等に関する検討会【資料2 新たな地域医療構想に関する検討の進め方について】」https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001237357.pdf厚生労働省 新たな地域医療構想等に関する検討会(2024/12/18)「新たな地域医療構想に関するとりまとめ」https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001357306.pdf消防庁 救急業務のあり方に関する検討会【参考資料4 令和5年版 救急・救助の現況】」https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/post-134/03/sankou4.pdf