はじめに厚生労働省は、2024年12月18日に「新たな地域医療構想に関するとりまとめ」を公表しました。これは、85歳以上の高齢者の増加や全体の人口減少がさらに進む2040年以降を見据え、すべての地域・世代の患者が適切に医療・介護を受けながら生活し、必要に応じて入院して、日常生活に戻ることができるとともに、医療従事者も持続可能な働き方を確保できる医療提供体制の構築を目指しています。本コラムでは、それぞれの地域において、この新たな地域医療構想(新構想)を実現するために自治体はどのように備えるべきなのかについて、病院コンサルタントの視点から考察します。新たな地域医療構想の目指す方向性新構想では、「治す医療」と「治し支える医療」を担う医療機関の役割分担を明確化し、地域完結型の医療・介護提供体制を構築することを目指しています。前回の地域医療構想と新地域医療構想との決定的な違いは、2025年までは多くの都道府県・構想区域が入院医療における需要が増加する予測であったのに対して、新構想の策定期間である2040年は、医療需要が減少する都道府県・構想区域、反対に医療需要が増加する都道府県・構想区域があるなど、国が画一的な対応を求めることができない状況となっていることが考えられます。また、特に深刻なことは生産年齢人口の減少により就労者数が減少する中、医療・介護の国全体の需要は増加するため、就労者のうち20%程度を医療・介護・福祉人材として確保しなければならないと推計されていることです。出典:厚生労働省 「第7回第8次医療計画等に関する検討会 【資料1 第8次医療計画、地域医療構想等について P8】」就労者のうち20%程度の医療・介護・福祉人材が必要とはいえ、憲法22条には職業選択の自由が規定されています。しかし、地方では看護学校の定員割れが常態化、看護学校の閉鎖等も相次いでおり、医療・介護の一体的な人材確保についてはあらかじめ複数のステークホルダーと検討することが必要となります。そのため、新構想の対象は、これまでの病床機能別における病床の必要量(入院医療)だけではなく、外来診療や在宅医療、介護サービスとの連携も含まれ、今後は在宅診療所や介護事業所など、より多くのステークホルダーの関与および検討テーマが増えることとなります。新たな地域医療構想を実現するための最初の難所は?新構想では、地域における医療提供体制を見直し、より効果的かつ効率的な医療・介護サービスを目指すためには、地域医療構想調整会議などの会議体をさらに充実させることが求められています。現時点でも地域医療調整会議の議論が形式的にならざるを得ない構想区域もあるため、今後は、在宅医療や介護サービスなど、多様なステークホルダーが加わることで議論がより膠着するリスクも考えられます。都道府県における地域医療構想推進担当者の役割と課題地域医療構想調整会議を運営する都道府県には、議論の前提となる課題の設定や関係者の招集・調整、情報提供や計画の策定など、多くの役割が求められます。しかし、この運営においては、公務員であるがゆえに定期的な異動が発生するため、担当者が蓄積した知識やノウハウを引き継ぐことが難しくなります。このことが参加者間の意見調整をより困難にする要因の1つとなっています。現行の地域医療構想を推進する場合にも、都道府県の医療政策課担当者の役割・調整が必要な事項は多岐にわたります。例えば、実際の公立・公的病院の再編においては、再編する当事者同士の協議のみならず、病院開設などの許可権者となる都道府県知事を筆頭に、都道府県庁内では医療政策の主担当となる医療政策担当課、救急体制の観点での消防、地域医療総合確保基金の予算確保の観点から財政当局、公立病院を所管し病院事業債を扱う市町村課などが関与します。加えて、再編対象となる病院を有する自治体、その病院の院長や職員、地元の医師会、医師を派遣する大学の医局、そして地元の金融機関など、非常に多くのステークホルダーが関与することになります。個々の医療機関の再編・統合について具体的な協議を行う場合は、再編後における医局の医師の派遣がどうなるか、新しい体制のもとで安定した経営基盤を確立できるか、さらには地域住民や近隣医療機関に不利益が生じないかなどの諸課題に対して、各ステークホルダーと調整を進める必要がありますが、また、都道府県の地域医療構想推進担当者には、中立的な立場として全体の調整役が求められます。そのため現状においても都道府県における地域医療構想推進担当者の役割、期待は非常に大きいと考えられます。今後は介護分野もこれらのステークホルダーに加わるため、調整の難易度・量がさらに高まることが予想されます。課題解決に求められる方向性は?新地域医療構想で取り上げるべきテーマが複雑化し、ステークホルダーが増加する中で、これらの課題を解決するためには医療と介護、病院と在宅医療といった異なる分野間での 一体的な提供体制、需要の変化の分析・可視化が求められます。新地域医療構想のとりまとめにも記載があるように、国の責務として「支援を明確化(目指す方向性・データ等提供する)」と記載がありますが、各都道府県・構想区域での個別事情を網羅的に分析することは現実的ではなく、テーマ設定、分析内容は都道府県・構想区域ごとに柔軟な分析を行うことが求められると考えます。厚労省では、令和5年度より「地域医療提供体制データ分析チーム構築支援事業」という事業を創設していますが、県や大学などの有識者、医療機関、委託事業者などで構成された、データ分析チームを構築しつつ、都道府県が自立的に分析・企画・立案できる体制の整備に繋げる準備が重要だと考えます。出典:厚生労働省 「地域医療提供体制データ分析チーム構築支援事業」最後に新構想が目指している、これまで以上に地域の実情に合わせた質の高い医療提供体制を構築するためには、都道府県や市町村の果たす役割が極めて重要です。新構想を実現するためには、都道府県が中立的な立場としてイニシアティブを持ち、関係者間の信頼関係を築き、共通の目標に向かって協力を促す姿勢が求められます。特に、医療機関、介護事業者、行政の間で役割分担を明確にし、それぞれの視点を尊重し地域の実情に即した分析・企画・立案の体制を構築することで、ステークホルダーが増えても検討すべきテーマが散漫せず、議論が形式的に終わることなく、具体的な成果につながる場をつくることが期待されます。<参考資料>厚生労働省 「「新たな地域医療構想等に関する検討会」のとりまとめを公表します」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_47465.html厚生労働省 「第7回第8次医療計画等に関する検討会 【資料1 第8次医療計画、地域医療構想等について P8】」https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000989555.pdf厚生労働省 「地域医療提供体制データ分析チーム構築支援事業」https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001222745.pdf