■急性期医療の評価が変わる―中医協で始まった新指標の議論2026年度の診療報酬改定に向け、急性期の指標の検討が進められています。2025年7月3日の中医協「入院・外来医療等の調査・評価分科会」では、「救急搬送件数」「全身麻酔手術件数」「地域シェア率※」の3指標に注目し、今後の評価のあり方が議論されました。これらの指標は、「新たな地域医療構想」や診療報酬改定に大きく関わると見られ、限られた財源の中で医療資源の集約や機能分化をどう進めるかが焦点となっています。本稿では、急性期機能に関する評価指標の現状と課題を整理し、今後の政策議論の現在地を確認します。※地域シェア率:当該医療機関の年間救急搬送受入件数/所属二次医療圏内全医療機関の合計救急搬送受入件数■画一的評価から地域の実情に応える客観的評価へこれまでも「総合入院体制加算」や「急性期充実体制加算」は存在しましたが、その要件は「年間救急搬送2,000件/年以上」など、主に都市部の大規模病院を想定した画一的なものでした。一方で、日本の二次医療圏の多くは人口20万人未満であり、こうした地域には、加算要件を満たさずとも地域医療を支える中小規模の病院が多数存在します。今回の資料では、救急搬送の絶対数は多くなくとも、医療圏内での「地域シェア率」が極めて高い病院が存在することがデータで示されました。医療資源の集約化と効率化が求められる中、全ての医療機関が同じ機能を目指すことはできません。医療機関が地域において「急性期拠点機能」を担うのか、あるいは「高齢者救急・地域急性期機能」を担うのか。その役割分担を明確にし、持続可能な医療提供体制を構築するために、実情に即した客観的な指標の設定が議論されています。■資料から読み解く、急性期医療の新たなメルクマール今回提示された資料は、今後の急性期医療の評価軸を大きく転換させる可能性を示唆しています。「救急搬送件数」「手術件数」という従来の軸に「地域シェア率」という新たな概念が加わり、実態に即した評価の方向性が見えてきました。1.「救急搬送4,000件」が一つの分水嶺に急性期一般入院料1を届け出る病院のうち、年間救急搬送件数が4,000件を超えると、その多くが急性期充実体制加算や総合入院体制加算を算定していました。この「4,000件」という数字が、広域をカバーする「拠点的な急性期機能」を評価する一つの基準となる可能性が考えられます。出典:厚生労働省 第6回中央社会保険医療協議会入院・外来医療等の調査・評価分科会(2025/7/3)2.「全身麻酔手術件数2,000件」が示す専門性大学病院本院を除き、各都道府県で最も全身麻酔手術件数の多い病院は、そのほとんどが年間2,000件を超えていました。これは、高度で専門的な手術機能を担う上での一つの目安と言えるでしょう。ただし、手術の難易度を示す「外保連手術指数」にはばらつきがあることも指摘されており 、今後は件数だけでなく手術の「質」も評価の論点となりそうです。出典:厚生労働省 第6回中央社会保険医療協議会入院・外来医療等の調査・評価分科会(2025/7/3)3.「地域シェア率」はその解釈と取り扱いに注目各二次医療圏で救急搬送件数が最多の病院を見ると、必ずしも搬送件数が多くなくとも、地域全体の救急搬送の半数以上をカバーしているケースが確認されました。これらの病院は、まさに地域の拠点的機能を担っていると言えますが、既存の加算による評価を受けていない施設も多く見られます。この「地域シェア率」をいかに評価体系に組み込むかが、今後の焦点となります。出典:厚生労働省 第6回中央社会保険医療協議会入院・外来医療等の調査・評価分科会(2025/7/3)■「拠点的」と「地域」に分けた急性期の指標設定に向けて昨年末に公表された社会保障審議会医療部会の意見書では、「急性期拠点機能」を定義するにあたり、「地域シェア等の地域の実情も踏まえた一定の水準を満たす役割」を設定することの重要性が明記されました。5月22日に開催された第2回入院・外来医療等の調査・評価分科会においては、「小さな二次医療圏において、救急車の受入実態に応じた診療報酬上の評価を行うことも重要」、「人口や医療機関の規模を考えた際に患者数だけでなく、地域におけるシェアも考えていくべき」といった意見が出されました。これらの背景から、急性期機能を「拠点的」と「一般的」に分け、それぞれの特徴を救急搬送件数や地域シェア率、手術件数、総合性などの観点からどう評価していくか、具体的な課題が示されました。この他、例えば人口20万人未満の医療圏で地域シェアの半数以上を担う病院をどう評価するのかなど、より実態に即した急性期の評価指標の設定に向けた今後の議論が待たれます。急性期機能に着目した評価指標の現状と課題出所:厚生労働省 第6回中央社会保険医療協議会入院・外来医療等の調査・評価分科会(2025/7/3)より作成■病院に求められる戦略的視点今回の議論は、単なる診療報酬の点数変更に留まりません。病院の機能分化や地域における役割を決定づける、大きな制度設計の転換点です。今後の報酬体系が機能別・地域別の選択的な配分へと移行する中で、各病院はこれまで以上に「自院の強み」をデータに基づき定量的に示す力が求められます。今後の病院経営においては、以下の視点での戦略的な対応が不可欠となるでしょう。・データに基づく自院の機能分析救急搬送件数、手術件数に加え、自院が所属する二次医療圏内での「地域シェア率」を正確に把握し、客観的に自院の立ち位置を分析する。・目指すべき機能の明確化広域をカバーする「拠点的急性期機能」を目指すのか、地域に密着した「一般的な急性期機能」を堅持・強化するのか、自院の強みと地域の実情を踏まえたポジショニングを明確にする。・DPC制度と連動した戦略構築今後の急性期機能の評価は、DPCの病院群の定義と連動する可能性が高いと見られています 。DPC制度における自院の戦略と、目指すべき急性期機能を一体的に検討することが重要です。 制度の動向を的確に読み解き、地域の実情に即した「ポジション確保」を進めることが、これからの病院経営にとって極めて重要な意味を持ちます。<参考資料>厚生労働省 第6回中央社会保険医療協議会入院・外来医療等の調査・評価分科会「入―2」(2025/7/3)https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001512943.pdf厚生労働省 第6回中央社会保険医療協議会入院・外来医療等の調査・評価分科会「入―3」(2025/7/3)https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001518771.pdf厚生労働省 社会保障審議会医療部会「2040年頃に向けた医療提供体制の総合的な改革に関する意見」(2024/12/25)https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001363313.pdf・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・川端 康正(かわばた やすまさ)株式会社 日本経営 病院経営コンサルタント令和2年から3年にかけて厚生労働省医政局地域医療計画課へ出向。病院、病院事業局、市町村、県、国と幅広いレイヤーでの支援実績・業務経験を有しており、その他公的本部や病院グループの本部への経営改善支援など、複雑な利害関係者を有する病院や複数病院を有する団体に対する支援を得意とする。病院の経営改善、経営計画の策定のほか、地域医療(構想)などをテーマにした医療機関の再編統合や機能強化、設置主体における負担金の協議などに従事した経験に基づき、経営改善に関する分析ならびに助言、計画の策定支援を行う。